第3回 「肥後の民話:不動岩と首石岩」

 山鹿市街地の東方約5kmの山地斜面には巨大な岩塔が立ち並ぶ不動岩(地元では「ふどうがん」とも呼んでいます)(図1)があります。岩塔を構成するのは、全体的に赤紫色や淡緑色をした礫岩(れきがん)です。その礫は大きさが5~15cm程度で、丸味のあるものや、角張っているものです(図2)。礫の種類は1億年も前の変はんれい岩や結晶片岩と呼ばれるものが主体で、花崗岩もみられます。全体的に固い礫岩であったために、周辺の地層より侵食に強く、取り残されて突出した岩塔になったと考えられます。

 ところで、この不動岩には大変面白い話があります。むかしむかし、不動岩とその西北にある山の彦岳権現は義兄弟でした。蒲生の山に住んでいた母は、かねてから継子の彦岳権現にはまずい大豆やそら豆ばかりを食べさせていました。
 一方、実の子の不動岩には美味しい小豆ばかり与えて、大事に育てていました。いよいよ遺産相続をさせるということになったとき、この両者を綱引きで力比べをさせて、勝った方に財産を与えることにしました。不動岩と彦岳権現の中間にある震岳(ゆるぎだけ)の頂上に大綱をかけて、綱引きの号令をかけました。すると、小豆ばかり食べて育った不動岩は、最後の踏ん張りがきかずに彦岳権現に敗れてしまいました。負けっぷりはすさまじく首が吹っ飛んで一ツ目神社の上の丘に落ちたということでした。

 実は地図(鳥瞰図で描いています)(図3)を見ると不動岩と震岳の中間付近に「首石岩」という名のついたところがあります。この首石岩は不動岩と同じ礫岩からなっています。首石岩の周りは変はんれい岩からなり、不動岩と同じ礫岩はポツンと変はんれい岩の上にのっています(図4)。この民話を作った昔の人は、不動岩と首石岩が同じ性質の岩だと分かっていたのだと思われ、ポツンと不動岩と同じ岩があることから、この話ができたのでしょう。
 なお、この話は可愛い子にも口当たりの良い、美味しいものだけでなく、きちんとした食べ物を与えてしっかり育てる必要があることを教えているのだと言えますね。

図1 不動岩
図2 不動岩の礫岩
図3 首石岩の位置(鳥瞰図の描く)
図4 不動岩地域の地質図(熊本県地質図(10万分の1)による)